
ナミゲンゴロウとの出会い
私が最初にナミゲンゴロウと出会ったのは、10月初旬に池の金魚と水草を回収していた時です。何か大きな黒い影が水面をサッと横切り、落ち葉の下に潜り込みました。
近づいてみると──それは光沢のある背中を持つ、見慣れない大きなゲンゴロウでした。
ゲンゴロウであることは一目見て分かりましたが、思わず「デカッ!」と、声が出たのを覚えています(笑)。
品種が分からなかったので調べてみると、どうやら中型〜大型のナミゲンゴロウで間違いなさそうです。
少し観察するため、一時的に別容器に入れて撮影しました。
ゲンゴロウなんていつぶりにお目にかかっただろうか。
※本記事で紹介している個体は、形態・体色・大きさ・生息環境からナミゲンゴロウ(Cybister brevis)と判断しています。ただし、地域個体差や類似種との比較が限られているため、今後の知見により修正する可能性があります。
希少種|ナミゲンゴロウとは?

ナミゲンゴロウの分類や特徴、生息環境や希少性などの詳細を改めて調べてみました。
1. 分類と特徴
- ナミゲンゴロウ(Cybister brevis)は、コウチュウ目ゲンゴロウ科に属する中型〜大型の水生甲虫です。
- 体長はおよそ25〜35mm前後で、特に北海道や寒冷地個体はやや大型化傾向にあり、光沢のある黒褐色の背面と、外縁を縁取る黄色いラインが特徴です。

- 成虫は水中を軽やかに泳ぐだけでなく、夜間には飛翔して新たな水場へ移動することもあります。
- オスは前脚に吸盤状の器官をもち、交尾時にメスを抱える習性があります。
- また、オスの背面は滑らかで光沢が強く、メスはやや艶の少ないしわ状の質感をもつなど、雌雄で外観に違いが見られます。

2. 分布と生息環境
- かつては本州・四国・九州のほか、北海道でも広く確認されていましたが、現在では全国的に局所的な分布にとどまります。
- 特に北海道では、生息報告が道央・道南の一部に限られ、道東での確認例はきわめて少ない希少種です。
- 止水性で、水草が繁茂し、落ち葉や泥が沈むような自然池・沼・休耕田などを好みます。
- 反対に、清掃が行き届きすぎた池やコンクリート護岸のような単調な環境では生きられません。
3. 希少化の背景
- 農薬や除草剤の使用、水田整備による環境単一化、外来魚(特にコイ・ブルーギル)による捕食圧などによって、生息環境が全国的に失われました。
- 環境省レッドリストでは「絶滅危惧Ⅱ類(VU)」に位置づけられ、北海道レッドリストでも「準絶滅危惧(NT)」として扱われています。
- とくに道東地域では確認記録がきわめて少なく、釧路川水系など一部で※配慮対象種として報告される程度で、網走・根室地域を含めても具体的な生息地情報はほとんど公表されていません。
そのため、道東圏での生息確認は非常に貴重な事例といえます。
※配慮対象種とは、法的な保護指定は受けていないものの、地域的に個体数が減少している・生息地が限られているなどの理由から、開発や環境改変の際に影響を避けるよう配慮が求められる生物のことです。
4. オオゲンゴロウとの違い
両種は外見がよく似ており、野外では混同されやすい種です。ただし、注意して観察するといくつかの明確な違いが見られます。
体の幅と形状
- ナミゲンゴロウは体がやや扁平で、縁取りの黄色帯が細く、体の輪郭がやや曖昧に見えます。
- オオゲンゴロウ(Cybister japonicus)は体高が高く厚みがあり、全体的に丸みを帯びた力強い体形をしています。
色と光沢
- ナミゲンゴロウは黒褐色〜暗緑色で、腹部の黄色味は弱く、体表の光沢はやや控えめ。
- オオゲンゴロウは黒みが強く、腹部に鮮明な黄褐色帯があり、光沢が強い個体が多いです。
分布と生息傾向
- 北海道におけるオオゲンゴロウの確認例は道南および道央の一部地域に限られ、過去にわずかに採集・観察記録がある程度で、道東では記録がなく、ナミゲンゴロウのみ確認されています。

ナミゲンゴロウの生態|食性・住処・繁殖・越冬

ナミゲンゴロウがどんな環境で生きているのかを知ることで、私の池に現れた理由が見えてきます。
食性|肉食性のハンター
- ナミゲンゴロウは完全な肉食性で、小魚やオタマジャクシ、ヤゴ、アメンボ、水生昆虫の幼虫などを捕食します。
- とくに幼虫は強力な大あごを持ち、獲物の体液を吸って成長します。
- 成虫は夜行性で、夜になると活発に泳ぎ回り、水面近くで呼吸を繰り返しながら獲物を探します。
- 視力がよく、動くものに敏感に反応します。
住処|水辺でのくらし
- 静かな止水域を好み、アサザやヒシなど水草が多く茂る環境で見られます。
- 日中は落ち葉や沈んだ草の下に潜み、外敵や光を避けて過ごします。
繁殖|初夏から盛夏にかけて
- 繁殖期は初夏から盛夏にかけてで、水草の根際や沈水植物の茎に卵を産みつけます。
- 孵化した幼虫は強い捕食性をもち、成長段階に応じて獲物の大きさを変えていきます。
越冬|落ち葉と泥の下で静かに過ごす
- 気温が下がる晩秋になると、成虫は泥の中や枯れ草の下に潜って冬を越します。
- 活動を完全に止めるわけではなく、水温が上がる日には短時間姿を見せることもあります。
なぜ?|自作の庭池にナミゲンゴロウが現れた理由

私の池は、ナミゲンゴロウが過ごしやすい条件をすべて満たしていました!
池と周囲の環境データ

- 設置場所:北海道・自宅の庭(東北側)
- 池の大きさ:約1.5m × 3m、最大水深およそ60cm
- 構造:池用防水シート、縁は自然石で縁取り
- 底材:砂利、落ち葉堆積層(秋~春)
- 濾過方式:とろ舟2個を利用した濾過(主に生物濾過)・春~秋までポンプによる水の循環

- 導入植物:ホテイアオイ、アサザ、温帯睡蓮、ヘラオモダカ、カボンバによる植物濾過(主にホテイアオイの濾過能力が中心的に働いている)
- 水質:落ち葉や生体の排泄物などを微生物が分解し、そこから生じた栄養塩(硝酸塩[窒素源]・リン酸塩[リン源])や、落ち葉・土壌、あるいは植物体から溶出するカリウムイオン[カリ源]等を植物が養分として吸収。
これらの養分(汚れ)を植物が取り込み、池全体で自然の循環を形成している。 - 水換え:基本的に行わず、足し水のみで高い透明度を維持している(自然濾過による循環が安定しているため)。

- 魚類:金魚9匹。餌は1日2回(春〜秋まで。冬季は室内水槽へ移動)
- 周囲と池の環境:草地・庭木に囲まれ、秋〜春は落葉層が形成。野鳥の水飲み場にもなっている
- その他の生体:トンボ(ヤゴ)、エゾアカガエルが繁殖
- 清掃:年一回。金魚導入前の初夏頃。オタマジャクシが上陸後にほぼ水を抜いて落ち葉を撤去、汚泥もある程度撤去、新しい水を足し、室内で保管していたホテイアオイ、カボンバを戻してポンプ始動。
このような環境の池です。
私がナミゲンゴロウを確認したのは秋でしたが、春の時点では、小さなゲンゴロウを数匹見かけていました。
これらはナミゲンゴロウとは異なる、小型種のゲンゴロウだったと考えられます。
ナミゲンゴロウの成虫は、羽化したばかりの若い個体でもすでに最大サイズに近いためです。
したがって、秋に確認した個体は、春から夏にかけて池に飛来し、定着した可能性が高いと考えています。
以下に、春から冬にかけての池の状態を、生態的な視点で照らし合わせてみます。
生態 × 池条件の対応分析
春|定着の入口
- 生態要件:餌=小型の水生昆虫・両生類幼生が増え始める。
- 池の実態:エゾアカガエルの繁殖でオタマジャクシが多い(おそらく5000〜7000匹以上)
- ヤゴ、アメンボも発生(それぞれ十数匹~数十匹)、多様な水生生物が共存している。
- ポンプの始動はまだで、静水性を維持。
- 一致点:餌資源の立ち上がり+静かな水面が、春の定着に適合。
夏|成長期
- 生態要件:肉食性成虫・幼虫とも活動旺盛。日中は隠れ、夜に遊泳。
- 池の実態:水面はホテイアオイ・温帯睡蓮、アサザ。下層はカボンバ・ヘラオモダカで多層の隠れ家が成立。
初夏からポンプを始動しており、水の循環による酸素供給によって、水中で活動する幼虫の成長にも適した環境が維持されていた。 - 捕食圧:金魚はいるが9匹と少なめで、フナ型で動きが早い。水草密度が高く視覚的・物理的遮蔽が効く。
- 一致点:隠れ家の豊富さに加え、ヤゴなどの水生昆虫や小型の水棲生物、大半が上陸したのちにわずかに残るオタマジャクシなどが安定した餌資源となり、酸素環境も良好で、成長期の生息に適していた。
金魚の餌の残りも一部のヤゴや小型水生昆虫の餌となり、それを介してゲンゴロウにも間接的な栄養循環が生じている。
観察されたナミゲンゴロウの個体数から見ても、餌資源には大きな余裕があり、飢餓の心配がない環境といえる。
秋|確認の時期(繁殖終盤〜越冬準備)
- 生態要件:繁殖活動を終えた成虫が静水域にとどまり、越冬に備えて落ち葉や泥の下に潜む時期。
- 池の実態:落ち葉が沈み始め、ナラ・白樺・モミジの葉が薄い堆積層を形成。金魚は屋内へ移動し、捕食圧がほぼ消失。
ポンプ・ホテイアオイ・カボンバも撤去済みで、水面は静まり返る。 - 一致点:落ち葉層+魚不在+静水が、潜伏と採餌に最も適した状態を生み出していた。
冬|越冬
- 生態要件:成虫は泥や落ち葉の下で越冬することが多いとされる。
- 池の実態:底には落ち葉の堆積層があり、春から秋にかけて形成された汚泥層は、微生物や植物の働きによって既に十分に分解・安定化されており、冬季はその状態が保たれている(池内の生物活動がほぼ停止するため)。
ポンプは撤去しており、風で水面がわずかに揺れる程度の静水で、底層の温度を安定させるため、冬越しに適した静かな環境を保つ要因となっている。 - 一致点:落ち葉の堆積層と安定化した汚泥層が越冬期の潜伏場所として機能し、静水によって底層の温度変動と攪拌が抑えられるため、成虫が安全に冬を越せる条件が整っている。
こうして季節ごとに池の環境を見ていくと、ナミゲンゴロウの生態と驚くほど一致していることがわかりますね!
ナミゲンゴロウが選んでくれた“居心地の良い池”
もともとは、自然の生き物が集まり暮らせるようにと考えて作った池でしたが、まさか希少種までもが姿を見せてくれるとは思いませんでした。
ナミゲンゴロウが、私の庭池に定着したのは、完全に人工的に整備された場所ではなく、最低限の手入れだけで、季節ごとに変化する自然のサイクルを活かしてきたからだと思います。
雪解け後にカエルが卵を産み、夏は水草が繁り、金魚が泳ぎ、トンボが卵を産み、秋には落ち葉が堆積していく──そんな小さな生態系の連なりが、結果的にナミゲンゴロウやその他多くの生き物にとって心地よい環境を生み出していたのかもしれません。
この庭池が大自然の中のほんの一部であっても、彼らの生息環境の循環の中に組み込まれ、生態系の維持や生物の保全にわずかでも貢献できていることが、とても嬉しく、私は深い幸せを感じます。
2025年に確認できたのは1匹だけでしたが、どこかへ飛んでいった個体もいるのかもしれませんし、池のどこかで静かに暮らしている個体がまだいるかもしれません。
今回確認できたのはメスの個体1匹でした。どうやって繁殖相手を見つけるのでしょう?オスが飛んでくるのでしょうか?それともメスが飛んで行くのでしょうか?
ゲンゴロウ類では、繁殖相手を求めて飛翔するのは主にオスと考えられており、今回の観察でも、1匹とはいえメスの個体が定着していたことからその傾向を示唆していると言えるかもしれません。
今後は、実際にオスが飛来してくるのか、それともメスが移動するのかを観察し、性ごとの行動差を記録できれば面白いと思います。
そして、これからも、多くの生物たちにとって居心地の良い池作りをしていきたいと思います。
👉 本記事のような、庭で見られる生き物たちの観察と考察は、「動物の行動観察」のカテゴリーにまとめています。
🔶参考文献・資料🔶
- 釧路開発建設部(2021)『釧路川水系 環境配慮資料:着目すべき生物リスト』
- 知床博物館(2019)『斜里町で得られたゲンゴロウ類』知床博物館研究報告 第41号
- 環境省生物多様性センター(2023)『日本のレッドデータ検索システム:ナミゲンゴロウ Cybister brevis』
- 北海道立総合研究機構 自然環境部(2022)『北海道レッドデータブック 動物編(昆虫類)』
- 日本甲虫学会(2021)『ゲンゴロウ類の分布と現状』昆虫と自然 56(8): 12–17
- 国立科学博物館 自然環境研究センター『日本産ゲンゴロウ類データベース』
- 日本動物分類学会(2020)『日本産水生甲虫総覧』東海大学出版会
- 東京大学大学院農学生命科学研究科(2019)『日本産ゲンゴロウ類の生態と保全に関する基礎研究』修士論文集
- 伊藤隆(1985)「ゲンゴロウ類の飛翔行動と性差」『昆虫と自然』20(4): 28–33.